平井鳥取県知事は「星空保全条例」を制定し、美しい星空を保護する「星空保全地域」を指定しようとしている。
要は美しい星空を環境教育に活用し、光害の知識の普及を図るとともに、地域・家庭。学校などでの環境教育の取り組みを支援するものだ。

この「星取県の推進」の情報発信で観光客の誘客にも役立つとしており、鳥取県の新しい魅力発信と言える。
しかし考えてみると、満天の星空は昔からいつも鳥取県民の身近な所にあるのだから、改めて「星取県」(キャッチ・ザ・スター」と言われればいかに地球が汚れ、環境汚染が進んでいるかと思わざるを得ない。平井知事は産業の煙に汚染されていない、自然の美しさの象徴でもある「星」によくぞ注目したものだと思う。

星に象徴される「平和」

第一「星」と言えば多くの楽曲に歌われているように、古今東西にわたって喜び、悲しみを表現するロマンチックな存在で、人々は様々な思いを托してきた。

ここに面白い小説がある。三島由紀夫の「美しい星」である。昭和30年代に書かれた小説だが当時、米は核実験に明け暮れていた。核の灰にまみれ、核戦争による人類滅亡説も真剣に論じられた時代である。UFOを「美しい星」に見立てて平和派と人類滅亡派が激しく真面目に競争する、極めて滑稽な、そして哲学的な小説である。「美しい星」の中で一カ所紹介したいところがある。それは「美しい星」に人類の平和を托す主人公の重一郎に公安警察が調査に訪れる場面である。公安警察は夜な夜なUFOを探し求めて動き回る重一郎に疑いの目を向け、その行動を探ろうとする。しかし公安部の目的は「市民生活を守る」ことだと言えば、重一郎の目的も「人類の平和を守ること」と分かり、思いが一致する。それでも別れ際に重一郎は公安警察に「星のき章をつけながら、その意味をご存じない。あんた方は星の心を忘れてしまったんです」と捨てセリフを言う。このあたりが「美しい星」の真骨頂かもしれない。

「住んで楽しいまちづくり」実現のために何を

行政のキャッチフレーズは県民に、そして市民に直接響くものであり、何はともあれ首長は「我々をどこに導こうとしているか」を暗示するもので、それによって主張の思いが伝わり、我々、県民市民の不安を取り除いてくれる効果がある。さらに言えばそれによって希望さえ湧いてくるものだ。
伊木米子市長のキャッチフレーズは「住んで楽しいまちづくり」だ。前市長は「充実都市・米子」だったが、「住んで〜」の方がより具体的でイメージしやすい。
伊木市長が以前、市長選に立候補したときのインタビューで「まちの中心地に大きな公園を作り、米子市民が家族連れで遊ぶことができたらどんなに楽しいでしょうな」と語っていたことがある。
「住んで楽しい」とはそれぞれの立場で「楽しさ」が違うだろうが、とにかく楽しい環境があり、そしてそこに人が集うまちづくりを目指している。「人が集う」ことはそこには仕事があり、住環境の良さも要求される。人口減少が懸念されるなか、定住人口だけでなく、観光客も含めた交流人口の増加も期待される。

「住んで楽しいまちづくり」の実現のためには結論的に言うと、「多様性のあるまち」ということではないか、米子市は他都市と違い3次産業の盛んなまちである。3次産業の盛んなまちはサービス業が盛んであることでもあり、これが様々ね変化のある魅力発信をしてくれる。このあたりが県都とは違う米子市の独自性ではないだろうか。もっと言えばこの多様性が起業・創業を生み一つのクラスターとなってまち全体の魅力となり情報発信することになる。様々な価値観がぶつかる自由度が縦割社会の都市を凌駕することになる。